<前編>ウィズコロナ時代の医療経営、10の視点 ―上尾中央医科グループ(AMG)の現状と取り組み―

新型コロナウイルス感染症の影響で、全国の病院の外来・入院患者数は依然として減少傾向であり、病院経営はきびしい局面にあるとされています。今後も赤字の病院は増え続けるといわれている中、医療機関はどのような戦略でこの危機に立ち向かおうとしているのでしょうか。上尾中央総合病院をはじめ、多くの医療機関・施設を運営する上尾中央医科グループ(AMG)の久保田総局長に現状と今後についてうかがいました。
(2020年9月取材)

一般社団法人上尾中央医科グループ協議会 総局長 久保田 巧
上尾中央総合病院を中心に、152の医療機関・施設・学校・事業所等を運営する上尾中央医科グループ(AMG)本部である上尾中央医科グループ協議会を統括。

新型コロナウイルスによる経営状況の変化

当グループの病院・施設の90%が、新型コロナのあおりを大きく受けている東京、神奈川、千葉、埼玉の関東圏に集中していますので、経営に大きなダメージを受けました。

4月の外来患者数は(前年同月比)▲25%(最小値▲16%、最大値▲37%)、傾向として、やはり耳鼻科・小児科・整形外科の外来割合の多い病院が影響を受けました。特に小児科は4月、5月は65%ダウン、8月も51.5%ダウンと深刻な状況です。
次に、4月の入院延日数(前年同月比)では▲6.8%(回復期リハ病院・療養型病院含む)の影響でした。回復期リハ病院、療養型病院などの療養系についてはほぼ影響はありませんでしたが、急性期の病院についての前年同月対比の最小値は▲1.9%、最大値は▲21.8%にまでになりました。

8月になっても、各団体のアンケート速報と同じく改善傾向ではありますが、依然、厳しい状況が続いています。8月の当グループの外来患者数(前年同月比)については▲10.9%、入院患者数(前年同月比)は▲4.5%となっています。総収入については、種々の経営改善が行われ、昨年同月比でプラスになる急性期の病院も辛うじて出てきました。
しかし、4月からのマイナス累積もありますので、今年度は単月としてどの病院も前年並みに戻すことが精一杯だと感じます。累積をリカバリーするほどには到底なりません。

新型コロナ患者の受け入れ、感染症対策

当グループの新型コロナ患者の対応としては、第二種感染症指定医療機関としてクルーズ船でのクラスター発生時から頑張ってくれている上尾中央総合病院を中心に、その他、陽性者の入院患者を受けている3病院、疑い入院の受け入れの県指定病院が4病院、他、帰国者接触者外来などとなっています。しかし、その他の病院でも、受け入れた救急患者や外来患者から、日々、疑い症例や陽性者の発生に対応している状況です。新型コロナ患者を受け入れるにあたり、補助金や点数の優遇などがありますが、十分な補填ではないのが現状です。

それでも医療機関としての社会的役割を果たすために、医療者は皆、前線で頑張ってくれています。私たちグループ本部も、頑張っている病院・施設を支えるために、経営改善の支援と同時に職員が安心して医療・介護に向き合える環境づくりに強い意思で取り組んでいます。

当グループでは、新型コロナ感染拡大のタイミングの4月初旬にAMG新型コロナ対策本部を発足させました。日々変化する状況に応じて、体制構築や統一した方針を策定し、定期的に発信するなど、新型コロナ感染症に対してのガバナンス構築をすることにより、混乱を防ぐのが目的でした。
それでも残念ながら、グループ内の病院で、5 月には職員と入院患者の感染事例が発生し、ニュースでも取り上げられてしまいました。発熱や疑わしい症状のない救急患者からの数日後の発症であり、振り返っても回避するのはなかなか難しい状況であったと考えています。

それよりも、感染拡大の防止活動を適切に行い、早期に平時に戻した活動は素晴らしいものがありました。このように冷静に連携して対処できたのは、病院長のリーダーシップをはじめとする幹部の連携と、それを支える対策本部、また物資などを供給してくれたAMG各病院の連携が大きかったと感じました。

ウィズコロナの医療経営―ミクロの視点―

今後の医療経営の方向性などマクロの方針は、メディアなどを通して多く発信されているように思います。ですが、具体的にはどういう動きをするべきなのか、現場レベルに落としたミクロの施策まではなかなか語られていません。それは、各医療機関が置かれた状況によって、それぞれ課題はまったく異なりますし、細かな視点では語りきれないというのが実情だと思います。大切なのは、現場の課題を詳細に分析し、いかにひとつずつ丁寧に改善していくかというミクロレベルの施策がとても大切だと感じています。

医療経営において、データを分析して自院の状況を把握するという取り組みについてはそれなりに進んできたと思います。たとえば、病床稼働率などの数字を出すだけでなく、診療科別、疾患別、主治医別、救急・紹介、外来入院の経路別分析など、というような分析です。しかし、その資源を成果に繋げる活動については、まだ課題が多く残ります。やはり、実際に改善していくために実行可能な具体的な提案にどう落としていくかという点がとても重要です。しかしコロナ禍であるがゆえ、手段が限られ、いっそうむずかしくなってきています。

PDCAを回すためには、詳細な分析と確実な原因を特定することがもっとも大切な作業となります。原因の分析を行わずに、先入観や過去の事例のみで判断してしまうと、間違った対策をとってしまうことになります。その結果、問題は解決されずに労力だけが増し、依然として同じ課題が残ってしまいます。 早く解決をしたいがために手順を省略したことで、逆に解決までに何倍もの時間が取られてしまうことになります。

今回の新型コロナの経験を経て、当グループとして行ってきたことと、今後の医療経営にとって、大切であると思うポイントなどを含め10つほど紹介したいと思います。

(1)粒度の高い分析と提案

「粒度が高い」とは、複雑であってもピックアップしやすい状態を指します。たとえば、外来の患者数が減少している、となった時に「外来の患者数が減少しているので、お願いします」と医局会、医師へフィードバックするだけの経営は医療業界では良く見られます。

しかし、多くの医師は、「だから何をすればいいのか?それが知りたい」と思っているでしょう。事務方が提示するデータは、その視点からそれぞれの粒度の高い分析データや提案にして現場目線に落とし込むことが大切です。なぜならば、課題を解決し、成果を最大化するための設計図は、次のアクションのイメージができたり、また、実行可能なものでなくてはなりません。この分析資料や提案は「粒度が高い」ものになっているかを、自身で問いかけることも大切です。私自身も、現在本部にいますので、院長や事務長へ課題の指摘や提案をするときは、そこに気を付けています。「粒度が低い」とただの評論家のようになってしまうためです。

(2)ガバナンス体制の強化~協働のガバナンスが、病院の課題を解決する~

大小問わず、方針については、組織の合意で決めることを基本にしています。上尾中央総合病院の徳永院長の口癖は「皆でルールを決めて、皆でルールを守る」です。その環境は、まさしく、全員参加型経営が醸成されます。今回の新型コロナ対策でもこの活動の経営的効果は大きかったと思います(詳細は後編で紹介します)。この環境で、成果の最大化を目指すためには、チームの決定の方向性を左右する高い詳細なデータを提示するスキルを事務職が持たなければなりません。そして、決定したルールを如何にシンプルな仕組みにし、尚且つ、管理業務の軽減を同時に図るかも大切です。

たとえば、ICU、HUU、一般病床などの重症度、医療・看護必要度の管理を例にとれば、予めパニック値を、重症度が基準の下限より残り10%とし、それを切るとベッド管理委員会メンバーにアラートで知らせる業務フローの仕組みを私が事務部長時代に手がけました。アラートが発信されると、15日単位の確認から、週単位、1日単位へとモニタリングタームが変化するような仕組みです。さらに言えば、病棟にはパーセンテージだけでなく「〇%はあと何人、もしくはあと何日に相当します」、といった「粒度を高く」した情報発信をすることも大切です。

このように、ガバナンス体制の強化と仕組みは経営管理の両輪として、一体として考えることが大切です。

(3)患者サービスの向上

新型コロナ感染症の防止対応は、直接的に病院の価値や信頼につながっています。従って、感染防止を目的にした手段としての院内の掲示だけでなく、患者や利用者に対して、防止対策を講じていることでの安心感を高めてもらう視点を目的に加えると、ポスターの表現などの構成や掲示場所や枚数なども変わるのではないでしょうか。特に、老健施設などは、通所の利用控えが発生しており、このような活動が大切だったと感じます。

病院では、コロナ禍の患者サービスとして、オンライン診療の話題が多くメディアでも取り上げられています。このオンライン診療についての私の考え方については後編でコメントしたいと思います。

(4)広報力の強化

病院の提供する医療サービスや実績などの情報を、利用しやすい、分かりやすいかたちで発信するという部分において、病院の広報力はまだ改善の余地があると感じています。

たとえば、“循環器内科”といったときに、どんな症状の時に利用する科なのか、一般の人がどれだけ分かるでしょうか。ここに行けばいいんだと分かってもらうには、胸が痛いなどの「症状」から調べられるようなコンテンツ、または狭心症などといったある程度診断が分かる場合のコンテンツというように、複数のチャネルを用意しておくとよいと考えています。ホームページ(以降:HP)に外来表しかなく、難しい症例名ばかりが並んでいる、という情報の出し方ではなく、患者視点で手に取りやすい文言で、分かりやすく広報しなければ、機会損失になってしまいます。

当グループでは、どのようなワード検索で病院HPに入って来られたのか、それを多いワードランキングデータを各病院へフィードバックしています。HPの改良はただ綺麗なコンテンツだけでなく、このように集患を意識した根拠のある改良をすることが重要です。欲しい疾患がオーガニック検索(自院の病院名検索でなく、症状や病名のみで自院の当該ホームページにヒットする検索)で入ってきている履歴がないとしたら、それはSEO対策などを含めてHPの構造に課題があるか、内容が薄いということが考えられます。SEO対策はお金をかけて上位にあげる方法ではなく、ホームページの作り方でそれなりに上位検索されるような方法もたくさんありますので、そこを意識するだけでもかなりの集患対策に繋がります。仮に自院の集患したい疾患のベスト5などを抽出して、オーガニック検索で自院のHPがどのような状態であるかを見てみるとHPの改良のきっかけができると思います。

(後編へ)